事業部長であり、事業家であるという選択。——黒木裕貴が「両輪」の生き方で見つけた景色
「キャリアのどこかで、何かを選ばなければならないと思っていました。マネジメントに専念するのか、それとも現場で一人のつくり手として生きるのか。でも、Relicでの日々が教えてくれたのは、『分ける必要なんてない』というシンプルな答えだったんです。」
そう語るのは、株式会社Relicの共同創業メンバーであり、現在は執行役員としてプロダクトディスカバリー事業部を率いる黒木裕貴です。
Relicは2026年より、北嶋貴朗(CEO)と大庭亮(CTO)による「両輪経営(Dual Leadership)」体制へと移行しました。しかしこれは突発的な変化ではなく、創業以来、実態として大切にしてきた「ビジネスとテクノロジー」「戦略と実行」という二つの車輪を同時に回し続けるという思想を、改めて明文化したものに他なりません。
創業メンバーである黒木もまた、その「両輪」の精神を自らのキャリアで体現し続けています。事業部長として組織を率いる一方で、自身もブレイキンプラットフォーム『b-discovery』の事業責任者として現場に立ち続ける。その生き方は何を見据え、どんな景色をつくり出しているのか——本人に訊きました。
1. 「切り替えられるほど、器用じゃない」からこそ辿り着いた、両輪の境地
世の中ではよく、役割をきっちり分けることが効率的だと語られます。しかし、黒木はその考え方を穏やかに否定します。
「私はそんなに器用じゃないんです。事業部長の脳と事業家の脳を、パチッと切り替えられるタイプではない。たとえば休憩がてらコンビニにコーヒーを買いに行く時、エレベーターの中で『よし、ここからは事業家モード』なんて切り替わったりしない(笑)。だから、無理に分けるのをやめました。」
「普段、事業部長として組織の目標達成を考えながら歩いている時にも、ふと『あ、これ、b-discoveryに応用できそうだな』『うちの事業部の運営に取り入れられそうだな』と思いつく。あんまり厳密に切り替えてはいないんです。パチッと変わるというより、もう延長なんですよね。」
物理的な時間配分は当然分けている、と黒木は補足します。
平日の日中は事業部長として組織と向き合い、夜や休日は『b-discovery』の検証に時間を使う。オフの日に子育てをしている時でさえ、「これ、ダンスを習っている子供達にも喜んでもらえそうだな」と頭の片隅で事業のことを考えている。一見過酷にも映りますが、本人にとっては「最も自然な状態」だと言います。
「事業部長と事業家を別人格として演じ分けるのは、私には逆にしんどい。延長線上に置いた方が、ずっとラクなんです。」
2. マネジメントと現場。二つの顔が「延長線上」にある必然
黒木がこの「延長」のスタンスを取れるのには、構造的な理由があります。それは、彼が率いるプロダクトディスカバリー事業部のミッションと、自身が手掛ける『b-discovery』の方向が、見事に重なっているからです。
「うちの事業部は売上を立てつつ、新しい事業をいっぱい作っていこうという目標があります。私がやっている『b-discovery』もその一部になる。組織目標を追うためにも、自分の事業をもっと成長させないといけない——そういう立て方をしているので、シンプルなんです。」
「事業部のミッションが全然違う方向だったら、『ちゃんと本業やれよ』ってなるじゃないですか。でも、やっていることが同じ方向だから、自分の事業を伸ばせばそれが組織目標にも会社のミッションにも近づく。じゃあ自分にできることは何かと言えば、自分の事業を大きく伸ばすことになる。」
このシンプルさが、黒木のリーダーシップに圧倒的な説得力を与えています。
「メンバーに『もっと顧客の深層心理を掘り下げよう』『泥臭く検証しよう』と伝えたとしても、自分が現場で数字に悩んだり、汗をかいたりしていなければ、その言葉に熱は宿りません。事業部長としての判断と、事業家としての実感。これらは別物ではなく、一つの太い延長線上にある。だからこそ、メンバーにも自信を持って『一緒にやろう』と言えるんです。」
Relicが掲げる「両輪」とは、一方が他方を支えるだけの関係ではなく、双方が高いレベルで駆動することで初めて前に進めるもの。黒木の「両輪」もまた、自らが事業家として打席に立ち続けるからこそ、組織のリーダーとしての言葉に厚みが宿るのでしょう。

3. 一人では超えられなかった限界を、組織の両輪で突破する
今でこそ「両輪」を乗りこなす黒木ですが、前職以前には「一輪で戦う限界」を痛感した経験がありました。
「個人開発のテーマって、基本は自分の好きなことから生まれてくるんです。昔作ったアプリも、イベントやフェスに関連するもの、音楽に関連するもの。今回はダンス。自分の関心領域から広げていく感じですね。」
数十万ダウンロードを記録したアプリもありました。しかし、ヒットの先にある「事業としてのスケール」まで持っていくには、あまりにも壁が厚かったと振り返ります。
技術的な限界、法規制のハードル、そして孤独に意思決定を続ける精神的な負荷。一人で抱え込んでいた頃の景色は、Relicに身を置く今と決定的に違うと黒木は言います。
「今のRelicには各領域の専門家がいるし、聞いたらすぐ答えてくれる人もいる。挑戦する人をリスペクトする文化があって、揚げ足を取られたり、情報を出し惜しみされたりすることがなく、互いに学び合えるスタンスがある。これは個人ではなかなか得られない環境です。」
かつて黒木が抱えていた「形にできなかったアイデアたち」——その経験が、今、Relicという組織のアセットと掛け合わさることで、新たな命を吹き込まれているのです。
4. 「ブレイキン」が事業へと昇華した瞬間。社内新規事業創出プログラムから生まれた突破口

その最たる例が、彼が現在自ら事業責任者として牽引している、ブレイキンのプラットフォーム『b-discovery』です。
自身のライフワークであるダンスと、長年磨き上げたテクノロジーを掛け合わせたこのプロダクトは、まさに黒木の「パッション」の結晶でした。しかし、個人開発の段階では「面白いツール」の域を脱せずにいました。
潮目が変わったのは、Relicの社内新規事業創出プログラム「Relic Incubation Program(RIP)」への採択でした。
「個人でやっていた時は、ダンサーの課題を解決したいという『点』の視点しかありませんでした。しかしRIPという枠組みでRelicの事業として向き合った瞬間、大手企業との共創という『線』がつながり、社会実装という『面』へと広がったんです。」
事業部長として企業の新規事業を支援する立場でありながら、一方で一人の事業家として新規事業に飛び込み、試行錯誤を繰り返しながらリソースを投下して事業を推進する。立場を超えて挑戦に没入する「両輪」の格闘こそが、プロダクトを本物の事業へと昇華させる原動力となりました。
「自分が事業の価値探索をやり続ける中で得たものを、ノウハウとしてクライアントに還元したり、背中を見せることでメンバーに伝えていく。それが事業部長としての自分の役割だと思っています。『b-discovery』を単なるツールから、ダンス文化をアップデートするプラットフォームへと進化させるプロセスを自分自身が少しずつ経験しているからこそ、支援の現場でも、より手触り感のある向き合い方ができる。かつて一人では想像もできなかった規模での共創が、今まさに進んでいます。」
5. 経験を積んだ同世代にこそ伝えたい、「今が一番面白い」という事実
インタビューの終盤、黒木は同世代のエンジニアやビジネスパーソンに向けて、熱のこもったメッセージを残しました。
「挑戦の年齢を気にされる方もいますが、キャリアを重ねた今だからこそ、もっと挑戦するべきだと思っています。私たちの世代こそ、やるべきなんです。」
なぜそう思うのか。理由はシンプルだと黒木は笑います。「私がやってみて、面白いから」。そのうえで、こう続けます。
「今ほど挑戦することを称える空気って、昔はあまりなかったと思うんです。いわゆる大きい企業に入って、ずっといることが良しとされてきた世代。学生時代にはものすごく刺激的なカルチャーを浴びてきたのに、社会に出てからはなかなかそれを仕事に結びつける場がなかった人たちが、私たちの世代にはたくさんいるはずなんですよね。」
しかしライフステージが進んだ今、当時とは異なる動機が芽生えていると黒木は言います。
「20代の頃のように自分のためだけではなく、自分の子どもとか次の世代のために何かを残したい——そう思うようになるのが、いわゆるこの世代の特徴だと思うんです。だからこそ、挑戦するべきタイミングなんです。」
そして、同世代だからこそ持ち得る「武器」があるとも語ります。
「20代・30代である程度培ってきた、技術や専門知識を、自分のやりたいことと紐づけて掛け合わせると、どんな事業が作れるか。マネジメント経験を活かして組織に貢献することもできる。今まで学んできた経験を、自分のやりたいことと組み合わせられる——これは、若手にはない強みなんです。」
さらに、挑戦に向く人の条件として、ある経験を挙げます。
「これまでのキャリアで、自分が何かを提供して、相手に喜ばれた経験を持っている人。その手応えを知っている人は、きっと事業家としても強いと思います。誰かの役に立った実感こそが、苦しい局面でも事業を前に進め続ける原動力になるからです。」
「もう若くないから」と守りに入るのではなく、これまでの武器をすべて使って、自分の信じる事業を形にする。Relicには、北嶋と大庭が築いてきた「挑戦を称え、両輪で支え合う」文化が根付いています。
6. 「後世への最大遺物」としての挑戦。私たちが創り続ける理由

Relicという社名は、直訳すると「遺物」を意味します。これは、代表の北嶋が内村鑑三氏の著書『後世への最大遺物』に深い感銘を受けたことに由来しています。
内村氏はその著書の中で、「誰にでも残し得る最大遺物とは何か」という問いに対し、それは金や事業だけでなく、最終的には「勇ましく高尚な生涯」、すなわちその人の「生き様」であると説いています。
Relicにとって、新規事業開発やイノベーション創出への挑戦は、まさにこの「後世への最大遺物」そのものです。創業メンバーである黒木もまた、その精神を自身の歩みで証明しようとしています。
「『b-discovery』は私自身の楽しみとして始めたことではあります。ただ、今の僕らの世代は、自分のためというよりは『自分の子どもや、次の世代のために何かを残したい』という想いが自然と芽生える時期だと思うんです。私たちが自ら泥にまみれて挑戦し、その姿を隠さず晒していく。その『生き様』そのものが、Relicという名が示す通り、後世に何かを繋いでいく一つのきっかけになればいい。そう考えながら、この両輪の挑戦を楽しんでいます。」
私たち自身が後世への最大遺物を残すこと。そして、誰もが自分なりの最大遺物を残せる社会を実現すること。その意志と覚悟を込めたRelicという舞台で、黒木の「両輪」の挑戦はこれからも続いていきます。
あなたも、自分の中にあるアイデアを、一生ものの「事業」に変える挑戦を、Relicで始めてみませんか。
社員の声
事業部長であり、事業家であるという選択。——黒木裕貴が「両輪」の生き方で見つけた景色
執行役員 l Co-Founder プロダクトディスカバリー事業部長
「エンジニアらしさ」なんて、いらなかった。
プロダクトディスカバリー事業部
大学発スタートアップのプラットフォーム運営の現場からRelicへ──“ディープテック事業化”のリアル
ディープテックイノベーションセンター
地方創生の鍵は“挑戦が続く仕組み”──Relicが取り組む、新規事業支援と地域イノベーションの現在地
執行役員 | グローカルイノベーション事業部長
ディープテック×新規事業開発で最前線へ。ディープテックイノベーションセンター所長 金子佳市のキャリア
ディープテックイノベーションセンター