スタートアップの資金調達に“中間”をつくる──Relicが提唱/実践する「オープンイノベーションデット」とは?
2025/4/23
Relicは2025年4月、博報堂様およびインダストリー・ワン様とともに、オープンイノベーションとベンチャーファイナンスの課題を乗り越える新たなスキーム「オープンイノベーションデット」を発表しました。 これは、企業間の戦略的協業と資本性のある私募ハイブリッド社債を組み合わせた、持続可能な共創を実現するための新しいベンチャーデットです。
本記事では、このスキームをなぜ構想し、実施するに至ったのか。社会構造・ベンチャーファイナンスの課題、Relicとしての思想、そして政策との接続性に至るまで、ご紹介します。

エクイティでも、銀行借入でもない。ファイナンスの「中間不在」への挑戦
日本のスタートアップを取り巻く資金調達環境は、一定の進展を見せているものの、依然として“中間が存在しない”という構造的な課題を抱えています。特に、事業の立ち上げから中長期的な成長フェーズにある企業にとって、従来型のファイナンス手法だけでは対応が難しい状況です。
1.EXIT前提のエクイティファイナンス
エクイティファイナンスは、将来の企業価値に基づく資本性資金を調達できる手法であり、利益が出ていなくても成長戦略を描く企業には有効な手段です。中長期的な研究開発やマーケット創出にも資金を充てやすいという利点があります。
しかし、ベンチャーキャピタルなどからの出資は「IPOやM&A(EXIT)」を前提とするのが一般的であり、投資家との時間軸や期待値が合わなければ資金調達は困難です。特に、ディープテックや社会課題解決型の事業においては、収益化までに長い期間がかかることも多く、EXIT前提型のエクイティは適合しないケースが少なくありません。
2.デットファイナンスは中長期投資に不向き
一方、デットファイナンス(借入)は、返済条件が明確であり、調達コストも比較的低いため、資金繰りを安定させたい事業には有効です。
ただし、銀行などの融資は主に短期の運転資金を対象とし、成長投資や不確実性の高いプロジェクトには融資が下りづらい傾向にあります。伝統的な与信ロジックでは、黒字・安定収益・担保を重視するため、赤字を計上する成長フェーズのスタートアップは、そもそも融資対象にならない場合もあります。
本来、中間に位置し、中長期的な挑戦に対応できるはずの「ベンチャーデット」も、現状ではIPO前提の転換社債や短期ブリッジ型が主流で、柔軟性や継続性の面で課題が多いのが実情です。
3.オープンイノベーションの二極化
オープンイノベーションの取り組みも、資金調達同様に“極端な二択”になりつつあります。
一つは、アクセラレーションプログラムやPoC(概念実証)といった、広く短期的な連携。企業間の初期接点として有効ですが、単発的な成果にとどまりやすく、本格的な事業共創には至らないケースが多くあります。
もう一つは、出資やM&Aなどの深い連携。これは実現すれば大きなリターンが期待できる一方、減損リスクや統合後の摩擦といった高いハードルも伴います。
このように、継続的・段階的な共創や中間的な連携モデルが不足しており、企業間連携の可能性を狭める一因となっています。
Relicでは、こうした「中間不在のファイナンス環境」と「オープンイノベーションの二極化」を解消するために、資本性と柔軟性を両立した新たな選択肢として、オープンイノベーションデットを開発しました。
起業・成長スタイルは一つじゃない──「起業の多様性」の思想から
Relic代表の北嶋は、かねてより「起業や新規事業のスタイルには多様性があるべき」と主張してきました。(詳しくはこちらの記事をご覧ください。)
スタートアップ=IPO志向一択という風潮は、あらゆる起業家に同じゴールを強制するものであり、本来あるべき「志や性質に即した事業成長のあり方」を歪めるものです。あくまで一例ですが、以下のような多様な起業・事業成長モデルも存在するはずです。
・自己資金や地域基盤で着実に立ち上げるブートストラップ型
・黒字経営と持続的な成長を前提とし、資金調達にも柔軟に対応するソリッドベンチャー型
・技術革新や社会変革を目指す挑戦型のムーンショット型
オープンイノベーションデットは、こうした多様な起業スタイルに応じた「特定の出口のみに縛られない成長支援」を実現するために構想されました。まさに、Relicが掲げる「起業の再現性・多様性・可逆性」という思想を具現化したファイナンスモデルなのです。
表層かリスク過多か。オープンイノベーションの“二極化”という課題
企業間連携によるイノベーション創出──いわゆる「オープンイノベーション」の取り組みも、現状では極端な“二極化”が進んでいます。
・アクセラレーションプログラムやPoC(概念実証)などの短期的かつ広範な取り組み
・CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)やM&Aといった資本関係を伴い、深くリスクも伴う連携
前者はスピード感をもって多くのスタートアップと接点を持てる利点がある一方で、短期的な成果や実証実験に留まりやすく、事業化や継続的な価値創出にはつながりにくい側面があります。
一方、後者は本格的な事業連携や投資リターンが見込める分、社内稟議のハードルや意思決定の複雑さ、さらには減損リスクなど、多くの負担を企業側が背負う必要があります。結果として、実行までに時間がかかり、柔軟な共創には向きにくいという課題も存在します。
オープンイノベーションデットは、こうした極端な二極構造の“あいだ”を埋めるべく設計された、「柔らかく入り、深く育てる」共創モデルです。資金提供+業務提携+事業共創をパッケージにし、段階的かつ戦略的に関係を深められることで、柔軟かつ持続可能な協業関係を築けるようになっています。
政策と共鳴する設計──ハイブリッド型資金調達への期待と制度的背景
Relicが構想・実装した「オープンイノベーションデット」は、急成長を志向するベンチャー企業が直面する現実的な資金調達の課題に、私たちが当事者として向き合いながら設計されたものですが、結果として、経済産業省や金融庁が提起する政策的な課題意識とも強く共鳴する構造となりました。
2025年3月に発表された経済産業省の報告資料「攻めの経営・投資・イノベーションについて」では、成長企業の資金調達において、エクイティ・デットの両面からプレイヤー層の拡大が必要であると明記されています。特に、資金調達手法の多様化と、デットプレイヤー(負債型資金を担う主体)の層の拡充が、政策的に求められている重要な論点です。
また、同時期に開催された金融庁の「市場制度ワーキング・グループ」においても、スタートアップによる社債発行の促進が重要視されており、EXITを前提としない成長資金の在り方について、制度面からの検討が進められています。
Relicが導入した「私募ハイブリッド社債(劣後特約付)」と、業務提携や事業共創を組み合わせた本スキームは、こうした政策的な方向性に合致するものです。制度起点の設計ではありませんが、結果として、企業の持続的成長を支える新たな資金調達の選択肢として、社会的な役割を果たしうる構造となりました。
共創を“持続可能”にするために。Relicの挑戦
私たちはこのスキームを、単なる資金調達モデルではなく、「共創を持続可能にするためのインフラ」と位置づけています。
オープンイノベーションデットの発表にあわせて、Relicは参画企業である株式会社インダストリー・ワン(三菱商事100%出資)、株式会社博報堂との連携を開始しました。本スキームの特徴は、こうした参画企業と柔軟かつ段階的に連携できる設計にあります。
Relicはこのスキームを他の企業・起業家にも広く開放し、日本全体の共創基盤をアップデートしていきたいと考えています。
スキームを“社会の仕組み”として広げるために
本スキームは、急成長を志向するベンチャー企業の多様な成長実現を目的とし、ベンチャーデットとオープンイノベーションを両立する仕組みとして設計されました。Relicでは、このスキームが日本のスタートアップエコシステムの発展に貢献すると考え、その基本的な枠組みを業界関係者や起業家に向けて広く公開しています。
公開ページURL:https://relic.co.jp/company/open_innovation_debt/
契約フォーマットなどの基本情報をオンラインで公開し、活用を希望される企業・起業家などが自由に参照・活用いただけるようになっています。Relicは本モデルを“雛形”として提示することで、他のスタートアップ企業や投資家がこの仕組みを活用しやすくなることを目指しています。
共創とファイナンスを両立させるこの仕組みが、多くのスタートアップにとって新たな成長の選択肢となり、日本のイノベーションエコシステムの活性化につながることを期待しています。
今後もRelicは、業界の垣根を超えた企業間連携の強化、企業成長のためのファイナンス手法の多様化、そしてイノベーション創出の加速を目指し、さらなる取り組みを推進してまいります。
すべての大志ある挑戦が、正しく報われる社会へ
Relicが「オープンイノベーションデット」に込めた想いは、金融のあり方を変えるだけでなく、「起業・挑戦・共創」のかたちそのものを変えていくことです。
自社に適したファイナンス設計により、挑戦や共創の可能性を広げること。
EXITを前提としない成長。IPO一択ではないファイナンス。志に応じた挑戦ができる社会。
それこそが私たちが目指す、「誰もが後世への最大遺物を残すことができる世界」であり、Relicの名に込めた意志でもあります。